出版社に勤めている。3度の転職で現在は4社目。
デジタル系の部署だったり、雑誌記者だったりしたことはあるが、ほとんどすべての時間を書籍の編集者として過ごしてきた。
当然と言えば当然だが、自分は本が好きだ。
映画のように時間を拘束されることもなく、またキャスティングに不満を感じることもなく、自分のペースで、自分の想像が作り上げた世界で物語を進められる読書は楽しい。年間何百冊読んだ、みたいな自慢話をしていた時期さえある。
高校、いや中学生のころから出版社で働くという希望はあった。最上位に「作家」があって、次善の策として「編集者」があった。
雑誌記者のような華やかなものに憧れたわけではなく、単行本や文庫のあとがきで見た、
「編集者の**さんは、構想の段階から様々な形で刺激を与えてくれて、最後まで一緒に走り切ってくれました。本当にありがとう」
こんなような文章を読んで「おい、これ楽しそうだぞ」と思っていたから、初めから書籍、特に小説の編集者になりたいと思っていた。
とはいえ、それはぼんやりとしたものではあった。それ以上に、自分の将来について大学生になってからさえもまともに考えたことがなかった。学校にも行かず、バイトして、女の子と遊んで、飲んで、自堕落すぎるモラトリアムを謳歌していた。
大学3年のあるとき、大学の同級生の女の子が「リクルートとかマイコミの就職情報で資料請求したい」と言って、友達を連れてきた。
今はもうネットで事足りるからないのかもしれないけれど、当時は上の社がまとめた電話帳みたいな就職情報誌が部屋に届いていて、それについている資料請求用のはがきで企業にコンタクトを取るというのが一般的なシステムだった(もちろん掲載されていない企業もたくさんある)。
団塊ジュニア真っ只中で、かつバブル後の長い不景気の最中だったから、超がつく就職氷河期だった当時、その就職情報が大学によって、または女子だという理由で届かないことがあったようだ。同級生の友達の女の子はその両方の集合の共通部分にいて、届かなかったらしい。そこで「どうせ全然使ってない奴いるから、そいつの使って送ろう」ということになったようだ。
ということで、彼女たちは自分の部屋で資料請求のはがきを書き続け、それを横目に本を読んでるかテレビを見てるかしてたんだと思う。
一段落ついた同級生が「(いぬしば)はほんとにどうすんの?」と聞いてきた。
「それなー」
「いまやんないと入れないよ」
「まあなー、卒業できるかわかんないけど」
「やりたいことないの? 小説とか書いてたじゃん」
「ああ、勤めるなら出版社がいいな、卒業できるかわかんないけど」
「送ってみたらいいじゃん」
「でも全然募集してないよ、卒業できるかわかんないし」
「行きたい会社が出してる本に住所はあるし、普通はがきで送ればいいの」
「なるほど」
ということで、部屋にある、自分の好きな本の出版社に資料請求のはがきを送ることになった。汚い字で。多分、12,3社くらい。
ちなみに、その同級生は親友の彼女だったり、その友達は「うん、がんばって!」という感じで、何も起こってないです。
まったく返信のない会社がほとんどだったけど、大手のいくつかからは「残念ですが、本年は新卒の募集を行っていません」という返事がきた。そんなもんだよな、というのが正直な感想だった。
ある日、当時設立数年ながらも名のある作家陣が次々に本を出していた新進気鋭の出版社から返信が来た。「新卒採用は行っておりません」というありきたりな文言が印刷された余白にこんなことが手書きで書かれていた。
「採用はありませんが、現在1~2カ月の短期アルバイトを募集しています。ご興味がありましたらご連絡ください」
結果、これがその後の自分の社会人としての職歴のきっかけだった。
あーもう疲れたので次回に。
そもそも、ここまでタイトルと内容の乖離がすごい。最後まで書ければたどり着くと思うんだけど不安。
現在の自宅の本棚。いわゆる本が全然ない。
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